私の想いの原点

26年前の阪神淡路大震災に関して、FBにまとまったことを久しく書いてこなかったように思います。
多くの国民にも衝撃を与えたショックな出来事でしたし、小さい頃2,3年ですが、神戸市長田区に住んでいたこともあり、大変心を痛め、微力ながら支援をしばらく続けました。
この時、実は仮設住宅の診療所に所長として来て欲しいと誘われたこと、まだ3年目の医師で未熟だったこともあるが、自分は途上国を含む医師・医療の乏しいところで必要とされる医師として働きたいと考えていたこと、佐久病院に愛着があったことなどで、その時点で仮設支援の診療所長にはなりませんでした。

それでも数年にわたり、所長にならなかった診療所が出来た1000戸を超す最大仮設である西神第7仮設住宅の支援に関わった仲間(伝説となった故黒田裕子さんたちです)のところに定点観測的に何度が支援?に行ったことが、東日本大震災最大の仮設住宅に診療所を作ってもらい、押しかけてくることにつながったのは間違いありません。
そして、その後今に至る、災害後の課題に、いのちと暮らしを最優先した復興目指し、地域医療の視点・実践を通じて貢献することを続けている、私の想いの原点です。                              

東日本大震災から間もなく10年、神戸と当時の自分に思いを馳せながら、石巻での活動は果たしてどういう意味があったのか?これからどうすればよいのか?を考える一日にします。

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